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リスナーの皆様は「IR宣言」という言葉を耳にしたことがおありでしょうか?
 これは何か公的に定められたものではないのですが、上場企業がIR活動を経営上の重要な課題と位置づけ、積極的にこれを行っていくことをコミットメントしたものです。

 現在、日本にはこの「IR宣言」を行っている企業が3社ありまして、その1社が今回ご登場、UTホールディングス(2146・JASDAQスタンダード)です! 同社は製造業の派遣・請負を行うアウトソーシング企業であり、特に半導体分野では国内No.1のシェア(同社推計)を有しています。
 今回は代表取締役社長兼CEOの若山健一様にお越しいただき、井上哲男のインタビューに答えていただきました。放送中の井上哲男コメントにもあった通り入魂の取材後記が届きましたので、どうぞお読みくださいっ!

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取材後記

UTホールディングス(2146)(JASDAQ・スタンダード)

ラジオNIKKEIスタジオで取材・収録。お相手は代表取締役社長兼CEOの若山陽一さま。

 

「若山陽一と加藤慎一郎」

 
▼ボクシング暗黒時代に差した光、大橋秀行

 敢えて公言はしないが、親しい人は皆知っている。私は格闘技ファンである。

 日本のボクシング世界チャンピオンで最も印象に残っている選手は誰かと聞かれれば、私は大橋秀行の名前を挙げる。真面目さがそのまま窺える顔つきも好きであったが、その顔は試合が始まるとすぐに目の上が腫れて悲壮感に満ちたものになってしまう。視界が狭くなったであろう状態でもインファイトで相手の懐に入っていく、その姿が好きだった。3度目の挑戦で世界チャンピオンになった時の日本ボクシング界はまさに"暗黒の時代"。エディ・タウンゼント最後の教え子で氏に"ボーイ"と呼ばれた"天才"井岡弘樹が王座から転落したこともあり、日本にあるジムの世界タイトル戦の連敗記録は21にまで伸びていた。「日本はお金はあっても選手を育てられない」と世界は酷評した。

 大橋がKOで世界チャンピオンになったとき、私は後楽園ホールに居た。インタビュー直後に観客が総立ちとなって始まった"万歳コール"がいつまでも続くのを見て、鳥肌が立ったことを覚えている。

 
▼若山社長が語る真実

 若山陽一社長を知ったのは今から7年前、日経新聞夕刊の「人間発見」のコーナーで5回に亘って連載されたときである。当時の社名はホールディングカンパニー制移行前で日本エイムであった。生い立ちからボクシングとの出会い、交通事故によるボクシングの道の断念、起業からアウトソーシング会社として初の上場に至る経緯、事業ビジョン。35歳の若い社長の語る夢はとても新鮮で興味を抱かせるのに充分であった。以前、テレビで「興味のある社長は」と聞かれたときの話を載せたことがあるが、その際に若手として若山陽一の名前を挙げたのはこの記事がきっかけである。

 

 企業を語る際に、「定性」と「定量」の2つの分析を行うことは以前に書いた。そして、そのどちらの部分に重きを置いて企業を語り、リスナーに対して情報を与えるべきか、それは企業によって異なるが、同社の場合、明らかに前者である。極端な話、若山社長がパブリシティを通じて語っていること、HPの中にある社長のブログで語っていることが全て同社の状況を表している。そこに嘘、偽りは一切ない。上場前のITバブル崩壊後の落ち込みやリーマン・ショック後に膨らんだバランス・シートを一気に圧縮した際の苦労も全て語られている。だから、信じられる。

 
▼「社員が筆頭株主になってほしい」

 日本の半導体メーカーが円高による競争力の低下に苦しみ、海外への工場移管ラッシュとなったときに、その人員を同社の社員として雇用し、(ラインごと)一括で請負うことによって産業の空洞化をできるだけ防ぐという日本に対して大きな貢献を果たしてきた企業だ。その社員数は現在7000名、日本の雇用を7000人拡大させたのである。そして、同社の場合、社員の離職率が業界平均の五分の一以下である。給与水準が業界平均よりも10%程度高いということもあるが、この数字は同社が社員をどのくらい大切に思っているかがきちんと伝わっているからだと思う。上場した際に全従業員を対象に持ち株制度を始めているが、その他に、ESOPという画期的なことを行っている。これは、入社3年目からポイントが、5年毎にボーナス・ポイントがそれぞれ付与され、そのポイントを自社株式に交換できるというシステムつまり、経済的な支出をしないで自社株が取得できるというものである。また、退職まで待たずに株式を売却できるという。家を購入したりする際に、「自社株を売りたいが、なかなかそれが出来ない」という話を耳にするが、発想が逆で、社員の立場から考えた制度を創設しているのである。(「社員が筆頭株主になって欲しい」という想いは社長のブログでも語られている。)

 

 また、UTは全社員を対象に年2回「技能グランプリ」を行っている。これにより、全国各地の工場で業務を請負ったチームが、メーカーに対して多くの提言を行いコスト低減や生産性の向上に努めたかが分かる。これは決して「派遣」ではないことであろう。メーカーとともに歩む「請負」の立場が分かる。

 このように、会社が社員を大切に思い、そして社員が会社を大切に思うという、今、日本が忘れかけている、古き良き"親方日の丸"時代の関係を会社が主体的に講じている稀有な会社であるのだ。

 
▼インファイトで築く信頼関係

 私は、若山社長の中学校時代の友人である加藤慎一郎専務にも会ってみたいと思う。上場する直前に二人で3ヶ月、居酒屋「和民」でアルバイトをしたという。和民が唱える「感動するサービス」を体感するためだ。この会社がメーカーから、そして、(言葉は妙だが)社員からも高い評価を受けている原点が、この「感動するサービス」にあると思う。上述のESOPにしてもそうである。

 そして、同社は日本に3社しかない「IR宣言会社」である。前二回の後記で書いたように「ディスクロージャー」は義務、「IR」は任意のサービスである。社員に対する任意のサービス、それにより築き上げられた強い関係がこの会社の財産である。

 

 若山社長と加藤専務が会社を作り、初めてオフィスを構えたのが、ひょんな縁で知り合った大橋秀行ジムの四畳半の一室である。若山社長は起業後、多くの経済界や労働界の大物に手紙攻勢をかけて実際に会うことに成功して多くの教訓と人脈を得ている。つまり、若山社長の原点は信頼できる人間関係の構築にあり、それを社員に対しても行っているのである。そして、苦境に陥ったときは、その人間関係の中でとことん話し合い、方向性を明確にして、その後はそれに向かってまい進して来た。大橋秀行のインファイトのように。

 

 大橋秀行のインファイトは現役を引退してからも続き、その改革実行力で現在は日本ボクシング協会の会長を務めている。昨年、五輪で村田諒太が金メダルを取ったが、プロのトレーナーから教えを受けたことの効果を彼自身が語っている。「低くなることはない」と言われていた、プロとアマチュアの垣根を下げたのは大橋秀行会長だ。彼の現役時代のニックネームは「フェニックス(不死鳥)」。和民で「感動するサービス」を体感したように、ジムの四畳半で二人はそのスピリットを体感したのかもしれない。(了)
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 取材後記は、以上です。いかがでしたか?
 アウトソーシング企業として初の上場は決して平坦な道のりではなかったかと思いますが、これまでのさまざまなご経験を確実に吸収して糧にされているのだな、と思いました♪ 今回の取材後記に加えて、若山社長のブログなどもあわせて読むと、より実感をもって理解しやすいかと思います。


 株式を公開することを「プライベートカンパニーからパブリックカンパニーになった」とよく言いますが、若山社長はブログで「パブリックカンパニーを超えたオープンカンパニーを目指す」と言及されています。さらに前へ!と進んでいくエネルギーを感じますね。
 同社の今後のIR活動にも注目していきたいと思います!

(関連リンク集)
■UTホールディングス ウェブサイト
■UTホールディングス 「IR宣言」
■若山社長ブログ 考えること、思うこと、感じること

代表取締役社長兼CEO 若山陽一様と。
代表取締役社長 若山陽一様と。