取材後記
日本調剤(3341)(東証1部)
ラジオNIKKEIスタジオで取材・収録。お相手は代表取締役社長の三津原博様
「使命感」
▼2004年上場時の出会い
今から10年前、丁度私が外資系運用会社でマーケット・ニュートラル運用を行っていた時に同社は上場した。「ジェネリック医薬品」が政府の方針発表などで市場のテーマとなる際に(番組の中でも触れたが)、多くのジェネリック医薬品メーカーに加えて同社株が出来高を集めるので、上場早々に調べたことがある。そして、少なからず驚いた。同社の掲げていたことは、「ジェネリック医薬品の普及を目的とした調剤薬局で全国展開を目指す」というものであったのだ。
時は、ITバブルが弾けて企業が事業の集約化、利益率確保、キャッシュ・リッチを目指していた頃である。マクドナルドを始めとする大手外食チェーンまでも利益率の低い店舗の撤退を進めた時期に、同社は「ジェネリック医薬品」という利ザヤという点では薄いもので、流通コストを考えると疑問のある「全国展開」を図るというのである。そこにあるものは「使命感の"塊(かたまり)"」のようなものであった。
その時に私が感じた「応援したい」という気持ちが正しかったのかどうかを確かめることができると、密かに今回の収録を楽しみにしていたのだが、やはり自分の感覚が正しかったことを確信することが出来た。そのことが何よりも嬉しい。
▼「ジェネリック医薬品」で、全国展開
「ジェネリック医薬品」についておさらいをする。よく、「薬剤特許」という言葉が使われるが、実際にそのような特許は無い。医薬品の特許とは、「物質特許」、「製法特許」、「製剤特許」、「用途特許」の4種類で、一般的に薬剤特許と言われているものは、このうち、「物質特許」のことを指す。特許は治験前に出願を行うので、「特許期間20年」(治験に要した期間と新薬の承認審査に要した期間が長かった場合は、申請のうえ最長で更に5年間延長が認められることがある)といえども、審査を経て実際に独占販売できる期間は、5~10年というケースが多い。
この「物質特許」の期間が終わると、同じ成分の医薬品を製造・販売できることになる。これが、所謂「ジェネリック医薬品」であるが、当然、価格は新薬(先発医薬品)の3~7割程度である。
年間40兆円にもなる医療費の削減に政府も苦慮し、模索している。その一環であるジェネリック医薬品の普及について、ロードマップとして「2018年3月時点で60%」という目標を掲げているが、同社の薬局における売上比率は既に70%に達しているという。そして、その奨励のために行われている後発医薬品調剤体制加算制度を実に9割の店舗が受けているという。
そして、流通コスト、採算を考えると二の足を踏んでしまう、全都道府県への出店を、3年前に日本の薬局チェーンで初めて達成した。当初語っていた目標は達せられたことになる。
▼日本調剤が確立した「流通経路」
しかし、その道のりで困難に直面し、打開のために行ったことが、日本のジェネリック医薬品業界全体の発展につながったということを述べたい。それは流通経路(卸売ライン)にジェネリック医薬品を"乗せた"ということである。
薬も卸売業者から仕入れる。かなり合併が行われたが、上場している薬の卸売会社の株主構成から明らかなように、新薬メーカーと薬の卸売会社の結びつきは強い。また、卸売業者にとっても価格の高い薬を卸す方が、当然利益は高い。そのため、薬の卸売会社はジェネリック医薬品を扱うことに姿勢として消極的であったといえる。
日本調剤はジェネリック医薬品を製造する中小のメーカーに日本調剤というブランドを与えてそれを卸売業者に扱ってもらい、そこから仕入れた。
お分かりであろうか?メーカーから直接仕入れられるものを、わざわざ卸売会社に納入し、そこから買ったのである。卸売会社は当然サヤが抜け、それは、そのまま、日本調剤の仕入れ価格の上昇になる。それでも、卸売の正式な取り扱い薬品にしてもらうために、このようなことを行ったのである。
▼「『真の』医薬分業」
一つ、私が完全に理解できていないことがあった。それは同社が掲げる「真の医薬分業」の"真の"という部分だ。
私は、「医薬分業」には2つの目的があると思っていた。薬についてきちんとした説明を行うことなく病院内で医薬品を販売することをなくすため、そして、薬品メーカーのマーケティング先である医者が利ザヤの高い新薬ばかりを使うことを抑止するためである。そして、前者については服用の仕方を教えてくれれば、それで説明なのかと思っていた。
しかし、全然違うことなのだと、愚かにも自分の言葉でそれに気づいた。処方せんを持って薬局に行くと、以前と違い、よく症状を聞かれる。「まだ、セキが止まらないのですか?以前、XXという薬を出されたときはどうでしたか?」という具合に、である。番組の中でも話したが、それによって薬が変わったことがあった。
同社は「患者は薬について知る権利がある」と語っていたが、裏を返せば「薬剤師は患者さんに渡す薬について説明する義務がある」ということである。そして、薬剤師は病院のセカンド・オピニオンであるのだ。医者が症状と病気と薬の関係を熟知していることが求められているのと同じく、薬剤師にも同じことが求められているのである。今春の薬剤師国家試験の合格率の低さ(60.8%)を話した際に、社長がもらした「優秀な薬剤師の確保の問題」と答えた"優秀な"とは、この部分を指すのであろう。そして、この関係を熟知していて初めて、「後発医薬品への変更不可」の表示が無い場合に、自信をもってジェネリック医薬品を患者に渡すことが出来るのである。「医薬分業」、「薬剤師のレベルアップ」、「ジェネリック医薬品の普及」はこのように密接に結びついていることなのだと今回、強く感じた。
三津原社長は実は武田薬品の出身である。新薬を開発し、医者にそのマーケティングを行い、新薬をずっと処方してもらうのが仕事であったはずと勝手に推測する。そこから、ジェネリック医薬品の普及のために起業したということは、ドン・キホ-テのような所業だ。同じような人をもう一人「アサザイ」では紹介している。大阪のフジ住宅の今井会長である。
全国展開を果たした三津原社長に次に相手にして欲しいのは「宅配事業」である。高齢者医療が医療機関から家庭や高齢者施設に移行する政府方針ではあるが、まだまだ、不便な点は多い。
▼日本の医療を、前へ
最後に2つリスナーの方に述べたいことがある。
一つは、今回の後記が、決して新薬メーカーのことを揶揄する目的で書いたのではないということである。新薬の開発に莫大な金額がかかり、困難も伴う中で努力していること、新薬メーカーがなくては後発薬メーカーも成り立たないこと、ここ数年の売上高や利益の伸びにおいて「医薬品業」全体が、実は相対的に厳しい状況であること、これらについて三津原社長とも意見が一致した。
そして、世界的にも同じことがあてはまり、その結果、M&Aが活発に行われているのである。特許基準が統一されていない問題もある。例えば、インドには物質特許というもの自体が無く、世界の新薬の後発薬(?)もどきが作られて問題となっている一方で、この安価な薬がアフリカの貧困層の医療現場で役に立っているという事実もある。「何が正しく、何が正しくない」という線引きが難しい、それが医薬品である。
もう一つは、日本調剤の店舗数は約500店舗程度であるということである。日本の最大手は、同社と上場しているもう1社であるが、店舗数も同じようなものである。一見、店舗数が多いように感じるが、実は、全国に調剤薬局は5万5千店舗もある。日本調剤だけでなく、その他の5万以上の薬局が同じようにジェネリック医薬品への取り組み、薬剤師が果たすべき役割りを真摯に考えなくては、この国の医療費問題は前に進まないということである。ラ・マンチャの啓蒙はまだまだ続く。(了)
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取材後記は、以上です。いかがでしたか?